おたくでいいとも

ガラスの十代が終わる前に

2010

ジャニヲタって、何をすればいいんだろう。


翔くんに堕ちたはいいものの、11歳の私はお小遣いも貰っておらず、家にはパソコンも無かったので、茶の間以上のことは何1つできませんでした。できることと言えば、嵐の出演番組を見て楽しむぐらいです。CDも買えないし、コンサートにも行けません。雑誌一冊買えません。新規以前の状態です。


だけど、すごく楽しかったんです。すごくすごく楽しかったんですよ。


テレビを見ているだけで幸せでした。というよりも、櫻井翔に少しでもかすっていればそれで大満足だったんですよね。自由帳に「櫻井翔」って書くことですら幸せでした。出会ってしまった、見つけてしまったと、毎日が本当にハッピーでハッピーで。


母の知り合いのおばさんは、少しずつ私にジャニーズヲタクを教えてくれました。おばさんの娘さんからFC会報を譲ってもらったこともあります。身動きの取れない私の代わりに、風景魂でグッズを買ってきてくれたりもしました。


その年の誕生日にもらったお小遣いでは、ポポロを買いました。私はその1冊を、文面を全て暗記できるぐらい何度も読みました。何度も何度も読みました。だって楽しかったから。不思議なことに、全然飽きもしませんでした。


ふと思い出して少クラを見たりもしましたが、私の生活の中心には嵐がいました。ディズニーランドホテルで眠たい目を擦りながら見た最後の約束、難しい専門用語に頭を抱えた特上カバチブラマヨから始まった嵐にしやがれ、裏に住むお姉ちゃんと「忘れてない?」って毎週確認した怪物くん、夏虹の巨大ポスターとvs嵐パーク目当てで親を巻き込みフジテレビに出向いた夏休み、CM通りサイダーを飲みながら見たMステのTo be free関ジャニ丸山隆平くんにもドキドキしたフリーター、クリスマスにおばさんの家で聴いたDear Snow…茶の間にだって、忘れられない思い出が詰まってます。臆病な私が精一杯翔くんを応援した思い出が。


いくつになっても、私はこの一年を大切にしたいと思えるんです。

笑っていいとも

自担に堕ちた瞬間をはっきり覚えていられるなんて羨ましい、とよく言われます。私の場合、何年何月何日だけでなくおおよその何時何分まで推測することが出来るのです。

「ああ、私この人のことが好きだ」
そう思うのに、2秒もかかりませんでした。

(1秒はかかった)

理由はありませんでした。特別印象的な言葉を発したわけでもなく、キュンとする仕草をしたわけでもなく、ただそれが当たり前のことかのように、私は櫻井翔に恋をしました。

人気があるのも知っていました。毎日嵐の誰かしらがテレビに出ているほどブレイクしていたし、2009年末の紅白歌合戦に初出場した時も大いに話題になりました(トークの最中に永ちゃんが乱入した年です)。

今までごく普通に私の生活に存在していた嵐が、翔くんが、その時初めて特別なものになりました。何故だか、ちょっぴり嬉しかった。

大袈裟だけど、私が死ぬ時にはきっと思い出すであろう15分間です。こうして私は翔担になりました。

最後の「櫻井くん」発言

手始めに、私とジャニについて順を追ってご紹介します。


私は、小さな田舎の臆病娘でした。

テレビの中には別の世界が広がっていて、そこに映る人たちは皆自分とは種類が違うと思っていました。子供のありがちな考え方です。ジャニーズなんて漫画のキャラクターと同じだと思っていました。そこは、自分の入るべき領域ではない、と。


近所に住んでいた仲良しの女の子は、山田涼介くんのファンでした。その子の家に遊びに行くと、どこからともなく雑誌が出てきて「山田がね、山田がね」と山田くんの話を聞かされました。


その過程で知ったのが、JJExpressとTopKidsです。はっきりと覚えていないのですが、JJExpressについては山田くんがいたから、TopKidsについては中山優馬くんがいたから、話に上がっていたんだと思います。Hey!Say!JUMPがデビューしてからも彼女は優馬くんの話をよくしていたように思うし、NYCが出来てからは、昔の話をしてもお互いに理解していました。


Hey!Say!JUMPがデビューしたあたりで、母親の知り合いである嵐ファンのおばさんに出会います。おばさんは、嵐のコンサートでJUMPが歌ったんだという話を聞かせてくれました。


周囲の影響を受けながら、私は少しずつ"芸能界"の中にリアリティを見つけていきました。


おばさんに嵐のコンサートの話を聞いてから、嵐の5人やジャニーズというものに関心を向けるようになります。そしてその頃から、嵐はみるみるうちに勢いづいていきました。


この時期に好きだったのは、流星の絆で見た二宮和也くんです。応援している、とは言えないものの「ジャニーズで誰が好きなん?」と聞かれると「嵐の二宮くん」と答えていました。時々「JJExpressの知念侑李くん」と言ってしまうこともありましたが(笑)


国立競技場でのライブは、ファンではなかった私にとっても圧巻のものでした。もちろん現場に足を運んだわけではありません。10周年を祝ったライブには、特にときめきを感じました。こんな空間にいられたら、どんな気持ちになるのかな、と何度も想像しました。


そして、運命の日はやってきました。


冬休み最終日、私は偶然おばさんのところへ足を運んでいました。そしておばさんにこんなことを言います。「そういえば昨日、楽天のマーくん(現NYヤンキース田中将大投手)がいいとものテレフォンショッキングで嵐の櫻井くんを紹介してたよ」。


おばさんは嬉しそうに笑いながら「録画予約済み」と言いました。今思えば、これが翔さんのファンとしてではない、最後の「櫻井くん」発言でした。


"何かを知ってしまうと、知らなかった頃には戻れない"。私はそれが怖かったんです。それまで本当に、何事にも入り込めないただの臆病者でした。正直、今でもそういうところがあります。やりたいことがやりたいと言えず、どこまでも意志薄弱で、当時11歳だった私の心は、分厚いガラスに覆われていました。


12時を少し過ぎた頃、そのガラスにパリンとヒビが入りました。

ご挨拶

初めまして、ぐりと申します。ブログを開設してみました。ジャニヲタごとを綴りたいと思っています。


では、簡単に自己紹介をさせて頂きます。

・’98年生まれの19歳

・担当:櫻井翔(嵐)

・担歴:約7年半

・現場経験:嵐學2014、DIGITALIAN、Japonism、Japonism SHOW

・番協経験:vs嵐

・参戦地:関東近郊(東京ドーム、横浜アリーナ)



既にお気付きの方も多いかと思いますが、嵐には10周年前後のフィーバーに乗っかって転がり込みました。そのため、昔のことは知り合いに聞いたりDVDを見たりした程度で、詳しくは知りません。加えて、現場に足を運べるようになったのはここ3年のことです。自名義と知り合いの同行で何年も挑戦していましたが、ちゃんと当選するようになったのはFCに入会して3年が過ぎた頃でした。


ブログを開設した理由は、自分の気持ちを整理したいと思ったからです。Twitterをフォローしてくれている方はご存知かと思いますが、私は今とても複雑な気持ちでヲタ活をしています。数年後に読み返したら黒歴史になっている覚悟で、正直に綴っていきたいと思います。


ご意見があればお気軽にコメントしてください。


以後よろしくお願い致します。

はじめに

2010年1月7日
私は櫻井翔に堕ちました

2011年2月23日
初めて嵐のCDを買いました

2011年8月10日
嵐のFCに入りました

2014年6月29日
初めて嵐を生で見ました

2014年12月21日
初めて嵐のコンサートに行きました

2015年12月26日
嵐のコンサートに行きました

2016年8月10日
時計の針が止まりました